九谷焼は、17世紀石川県の南の山奥で始まりました。街道が移動したおかげで遺構は残り、またそのせいで今はうら寂しい場所となっています。かなりしっかりした登り窯と上絵施設を設置したらしい割には、すぐに使われなくなります。その後、一世紀を経て九谷焼は再興されます。山を下った地で、また金沢や小松、寺井周辺で。現代にいたるまで石川県全体で九谷焼は制作されてきました。
元は旧藩主の趣味から始まり、命を受けた家来が有田焼を参考に製陶施設を造ってみたものの、産業の定着に至ららなかったのでしょう。定着はしないまでも、その産業化の情熱は忘れられもせず、期間を経て再興されることになります。京都や九州、信楽の作家や職人を呼び寄せている点からもその熱意がうかがえます。明治維新後は藩の庇護もなくなり、民間による運営、販売が中心となり、万博出品など貿易陶磁が盛んに輸出されました。その間、新しい絵の具や技術が流入、技術伝承のための学校施設も設置され、なんだかんだと戦後復興後も九谷焼は逞しく今に生き残っています。
以上、かなりザックリした流れです。